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那覇地方裁判所沖縄支部 平成7年(わ)96号 判決

主文

被告人を禁錮一年に処する。

理由

(本件犯行前の状況)

被告人は、平成六年三月ころ、知人から、闘犬用のアメリカン・ピット・ブル・テリア種の茶色の雄犬一頭を譲り受け、さらに、同年四月ころ、同人から、同種の雌犬一頭を譲り受けて、沖縄県石川市《番地略》所在のビニールハウスに犬小屋を設けた上、同所においてこれらを飼育していたが、同月七月に右雌犬が三頭の子犬を産んだため、その子犬のうちの一頭(黒色の雄犬)及び前記茶色の雄犬(以下「本件二頭の犬」という。)のみを飼育することにした。

被告人は、本件二頭の犬を飼育するうちに、闘犬に興味を持ったことから、闘犬愛好家の会の会員になるとともに、闘犬大会で活躍させるため、本件二頭の犬を鍛えるべく、これらに牛骨を与えて噛ませる訓練をしたり、他の闘犬と闘わせたりしていた。

また、被告人は、本件二頭の犬につき、闘犬としての動きをよくするため、前記ビニールハウスから、同市《番地略》所在の被告人所有のみかん畑までの約二キロメートルの道のりを、鎖や綱をせず、口輪も付けない状態で、被告人の運転する車に追随させ、更に、みかん畑において放し飼いのまま運動をさせていた。

被告人は、平成七年四月四日午前九時三〇分ころ、前記ビニールハウスを出発し、前記同様、本件二頭の犬を被告人の運転する車に追随させて、前記みかん畑に向かった。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午前九時五〇分ころ、同市宇石川三二五九番地の一二九所在の石川市民の森公園に隣接する前記みかん畑において、農作業に従事したが、本件二頭の犬はいずれも大型の闘犬であり、闘争本能が強く、人に噛みつくなどした場合には重大な傷害を負わせる危険があるのであるから、公衆が出入りする公園付近に連れ出す場合には、他人に危害を加えることがないように、口輪をはめ、鎖でつなぐなどして監守を厳重にし、もって、咬傷事故などの発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、前記みかん畑において、本件二頭の犬に口輪をはめず、漫然、放し飼いにし、その監守を怠った重大な過失により、同日午前一〇時五五分ころ、前記石川市民の森公園内遊歩道において、遊戯中のA子(当時六歳)に対し、本件二頭の犬のうち、黒色の雄犬(体長約九〇センチメートル、体高約六〇センチメートル、体重約三二キログラム、生後約八か月)をして、同女の左大腿部に噛みつかせて、全治約一週間を要する犬咬傷の傷害を負わせ、右A子を救助しようとして走り寄ったB子(当時五歳)に対し、茶色の雄犬(体長約七五センチメートル、体高約五二センチメートル、体重約二四キログラム、生後約一年四か月)をして、同女の頭部に噛みつかせた上、同所から南西約四一メートルの地点の雑木林内に引きずり込ませ、同日午前一一時ころ、同雑木林内において、本件二頭の犬をして、同女の全身を交互に噛みつかせ、よって、全身挫裂創等の傷害を負わせて、同傷害に基づく出血性ショックにより、即時同所において、同女を死亡させたものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、重大な過失により、A子に傷害を負わせた点及びB子を死亡させた点は、いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一一条後段に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により、一罪として犯情の重い重過失致死の罪の刑で処断し、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、自己の飼育していた闘犬用のアメリカン・ピット・ブル・テリア種の犬二頭を、口輪をはめないまま漫然と公衆の出入りする公園付近で放し飼いにし、その監守を怠った重大な過失により、右犬をして、公園で遊んでいた幼児二名を襲わせ、うち一名を即死させるとともに、他の一名にも傷害を負わせたという事案である。

被告人は、本件二頭の犬が闘犬であることを熟知しており、むしろ、日頃から牛骨を与えるなどして、闘争性を高めようとしていたものであるが、闘犬愛好家の間では、アメリカン・ピット・ブル・テリア種の犬は、常時鎖でつないで飼うことが常識であったと解されるのに、被告人は犬小屋のあるビニールハウスからみかん畑までの約二キロメートルの道を、放し飼いで連れて行き、そのまま、農作業中開放していたものであって、闘犬の管理としては、あまりに無神経かつ杜撰であって、仮に、被告人が供述するとおり、本件が発生するまでは、右二頭の犬が人を襲おうとしたことがなかったとしても、右二頭の犬のどう猛な闘争本能にてらせば、本件は起こるべくして起きた事故とさえ言える。

そして、幼い生命を奪った結果の重大性はもとより、本件が遺族に与えた衝撃、近隣住民に及ぼした恐怖・不安感は測り知れず、被告人の刑事責任は極めて重大である。

そうすると、被告人が本件犯行を深く反省していること、被害者の遺族らに対し、全財産を投げ出して償うとの決意を表明しており、既に、一部慰謝の措置を講じていること、高齢であること、前科がないことなど、被告人に有利に斟酌すべき諸事情を十分に考慮しても、被告人を実刑に処するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田保孝 裁判官 松田俊哉 裁判官 加島滋人)

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